
どうも、中卒引きこもりニートの110です。
最初の記事なので、ちょっとした自己紹介も兼ねて、中学時代に不登校になった時の話をしようと思います。
学歴が学歴なので、かなりの駄文です。
読みづらい部分もあると思いますが、「暇だし、こいつの話に少し付き合ってやるか」くらいの気持ちで読んでもらえると嬉しいです。
皆さんの学校にもいませんでしたか?
「あれ、気づいたらあの子、最近全然学校来てないな?」
みたいな生徒。
それ、僕です。
中学ではほとんどが知らない生徒
俺が通っていた小学校では、学区の問題で、だいたい9割の生徒がA中学校、残り1割がB中学校に行くような感じだった。俺はその少数派であるB中学校に通うことになった。
もともと俺はADHDで、人付き合いも上手い方ではなかった。だからこそ、数年間かけて築き上げてきた人間関係がリセットされるのが怖かったのである。
しかも中学生という、多感すぎる年齢。仲の良かった友達と離れ離れになるのも、もちろん嫌だった
それに加えて、B中学校はほとんどがC小学校の生徒で構成されているという。つまり、すでにある人間関係の中に、人付き合いが上手くない俺が送り込まれるのである。さながら、飢えた狼の群れにウサギを1匹放つようなものだ。
でも、救いもあった。
中学の先生たちが配慮してくれたのか、小学校時代に仲が良かったSくんやYくんと同じクラスになれたのである。
スタートダッシュには成功?
そんなこんなで中学入学。家も近いためSくんやYくんと一緒に登校することになり、クラス内でも2人のおかげで完全なぼっちになることはなかった。
同じクラスの男子生徒に誘われて、クラスLINEにも入れてもられた。5月には、同じクラスの男子10人くらいで映画館に行くことになり、俺もはぶられることはなかった。
幼少期からサッカーが好きだったこともあり、中学ではサッカー部に入った。
人間関係に不安はあったものの、部活では意外と問題なくなじめたと思う。練習はきつかったが、ボールを蹴っている時間は楽しかった。
他の子たちからどう見られていたかは分からないが、少なくとも俺の仲では
「あれ? 意外と中学校生活いけるんじゃね?」
と思っていた。
彼女ができたSくんと女子生徒K
時は巡り、6月ぐらいだった。俺にも新しいMくんという友達ができた。学校でも休憩中に俺の席にきて話してくれたり、一緒に映画を見に行ったり、『モンハン4G』を一緒にプレイしたり、ゲームセンターに行ったり。
すごく楽しかった。思えば、中学校の青春で一番楽しかった時期だったかもしれない。
Mくんは、当時の俺にとってかなり大きな心の支えだった。
今はLINEも変わってしまい、連絡を取ることもできないけど、あの頃一緒に遊んでくれてありがとうと言いたい。
7月頃、SくんにKちゃんという彼女ができた。Kちゃんは世間一般的に「陽キャ」と言ってもいい女子生徒だった(陽キャと陰キャの2種類だけで人間を分類するのはあまり好きではないが)。
Kちゃんとも同じクラスだったけど、KちゃんはC小学校出身。前述したとおり俺が通っていた中学校はほとんどがC小学校の生徒で形成されている中学校である。
やたら声が大きく、グループを形成していて、一目でカーストが上の方であることが分かった。
この頃から、俺にはMくんという友達ができて、一方で、YくんやSくんもそれぞれ中学校で新しい人間関係を築いていて、学校内で一緒にいる時間は少しずつ減っていった。
子供って大人が思うより邪悪だな
サッカー部にとても肌が白くて、イケメンな男の子がいた。Hくんという男の子だった。男前というよりは、中世的で可愛いジャニーズ系。性格もすごく穏やかで、俺にも好意的に接してくれて、大好きだった。
それに加えて、サッカー部なのに肌が焼けているわけでもなく、むしろすごく白かった。
イケメンで、肌もきれいで、性格も優しい。
男の僕でも惚れそうである。それくらい、魅力のある男の子だった。
10月頃だったと思う。練習中に列を作って並んでいた時、やたらつるんでいる4人組の男子グループが、Hくんのことを嘲笑していたのだ。
そして、その中にはSくんもいた。
今のポリコレ全盛期時代だったら、SNSで拡散されて炎上しそうな問題発言だった。
これを我先に注意して、結果的にいじめられて不登校になった。….だったら、どれだけ男としてかっこよかっただろうか。
俺には、集団を敵に回して注意する度胸もない、ただただ後ろで黙って聞いていた臆病者だった。
証人尋問というやつですか
正直、周りに多くの男子生徒がいる中で、特定の男子を差別するような発言をするって正直頭が悪いのかなと思う。
誰も聞いていないわけがなく、数日後、その4人組はコーチに呼び出された。なんで呼び出されたか知ってるか?
そう、なんと俺も呼び出されたのである。
グループの後ろに俺がいたため、証人として呼ばれたのである。
先生たちから事情を聞かれ、僕は自分が聞いたことを話した。
その結果、めちゃくちゃ叱られ、Sくんももちろん叱られていた。
日頃の行い
その事件をきっかけに、俺とSくんの関係は悪化した。
「いやいや、自分たちが招いたことじゃん」と言いたいところだが、Sくんからすれば「小学校からの仲だし、一緒に登校もしてるし、頻繁に遊んでたくらい良好な関係じゃん。裏切るなよ」ってことなんだろうなと思った。
前にも書いた通り、俺はSくんとYくんと一緒に登校していた。その事件をきっかけに、俺はぼっちで登校することになった。Yくんにとっては、事情がよく分からない中で、俺よりSくんの方が信頼できる相手だったのだと思う。
これは俺の日頃の行いだろう。
メンタルよわよわ弱者男性
覚えているだろうか。Sくんには彼女ができたのである。
事件発生の10月頃から12月までの2か月間、俺はSくんの彼女であるKちゃんからの猛攻撃を受けることになるのである。
内容はというと、
「椅子に座ってただけなのに蹴られる」「病欠から学校復帰後に「うわ、来たんだ。」と言われる」「クラス内に俺がSくんを虐めていたとデマを風潮される」「臭いとクラス中に聞こえる声で言われる(もしかして本当に臭かった!?)」
諸々、他にも結構ひどい攻撃を食らうことになったのだ。
幸いにも、Kちゃんについては俺の耳にも入るぐらい悪い噂があったから、俺とも仲良くしてくれる生徒がほとんどだった。
だから集団虐めというわけではなかった。
でも、俺はメンタルよわよわ弱者男性である。思春期に女子生徒1人からの攻撃を耐えられる程のHPはない。
サッカーをずっとしてたんだから、もう少し強い男になれよと、今の俺は当時の俺につっこみたい。
でも、そんな根性があったら、そもそもこんなブログを書いていない。
そして冬休み明けから学校に行く度胸も沸いてこなくなり、1年生の冬に中学生から不登校児へと華麗なジョブチェンジを果たした。
もう少し上手く立ち回れたのかなと自省
俺はできた人間ではない。そもそも、どんな理由があれど中卒引きこもりニートで親の脛をかじってる時点で、自他共に認める最低な人間である。
最低な人間だから、今でもたまに中学時代を思い出しては、恨んでしまう。
なんでありもしないことを吹聴したのか。そんな噂を流して、何がしたかったのか。そんなことをして、何が楽しいのか。たった1人の人間をそこまで追い詰めなくても、君には君の友達がいて、楽しく青春を過ごせたはずじゃないか。
卒業アルバムを受け取った時のことを、今でも覚えている。
親からは「一生に一度のものだから」と言われた。
正直、俺にとって中学校の卒業アルバムなんて、見たくもないものだった。
それでもページをめくってしまい、Kちゃんのにこにこした笑顔の写真が目に入った。
もちろん、相手には相手の人生がある。
俺が知らない事情もあったのかもしれない。
でも、当時の俺にはそんなふうに割り切ることはできなかった。
そして今でも、ふとした時にいろいろなことが頭をよぎる。
でも、歳を重ねた今では反省することも多くあったと思う。
俺は人間関係が上手じゃない。自覚できなかっただけで、なんか反感を買うこともあったのだろう。
Sくんとの関係だって、もっと上手く立ち回れた可能性はあった。話し合えばよかった。
もっと早い段階で、親や友人に頼ればよかった。
Mくんだって、不登校になった後に連絡をくれていた。変なプライドを持たず、俺は弱いから助けてほしいと言えばよかった。
Kちゃんにも、Kちゃんなりのストレスや事情があったのかもしれない。
いじめや攻撃をする人間は、家庭環境に問題を抱えていることがが多いという研究結果もある。
だから、Kちゃんにも俺の知らない苦しさがあったのかもしれない。
人間なんて、たぶんそんなものだ。
完全な加害者も、完全な被害者も、現実にはそんなに分かりやすく存在しないのかもしれない。
ただ、その曖昧さの中で、当時の俺は確かに学校へ行けなくなったのだった。
